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東京高等裁判所 昭和29年(う)1791号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 菊地光雄 外一〇名

弁護人 松永謙三 外五名

検察官 八木新治 外一名

主文

被告人菊地光雄、同細岡輝夫、同金元柱、同金政吉及び同宮沢子之吉に対する原審検察官の各控訴を棄却する。

被告人菊地光雄、同新巻善夫、同横関勝男、同長谷川進、同金元柱、同金政吉及び同栃沢菊千代に対する原判決(昭和二十九年(う)第一八一一号事件)(但し被告人菊地光雄、同金元柱、同金政吉については各有罪部分のみ、)被告人細岡輝夫に対する原判決(前同事件)中有罪部分、被告人金福同に対する原判決(昭和二十九年(う)第一七八九号事件)、被告人宮沢子之吉に対する原判決(昭和二十九年(う)第一七九一号事件)中有罪部分、被告人藤原成之に対する原判決(昭和二十九年(う)第一七九〇号事件)はいずれもこれらを破棄する。

被告人菊地光雄を懲役二年に処する。

被告人新巻善夫を懲役一年六月に処する。

被告人横関勝男を懲役八月に処する。

被告人長谷川進を懲役八月に処する。

被告人金元柱を懲役八月に処する。

被告人金政吉を懲役八月に処する。

被告人栃沢菊千代を懲役六月に処する。

被告人細岡輝夫を懲役一年六月に処する。

被告人金福同を懲役六月に処する。

被告人宮沢子之吉を懲役一年二月に処する。

被告人藤原成之を懲役一年六月に処する。

但し、いずれも本裁判確定の日から被告人菊地光雄は四年間、被告人新巻善夫、同細岡輝夫、同宮沢子之吉、同藤原成之はそれぞれ三年間、被告人栃沢菊千代、同長谷川進、同横関勝男、同金元柱、同金政吉はそれぞれ二年間右各懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、宇都宮地方検察庁検事升田律芳作成名義の控訴趣意書二通(被告人菊地光雄、同細岡輝夫、同金元柱、同金政吉に対するものと被告人宮沢子之吉に対するもの)、被告人等十一名のそれぞれ作成名義の控訴趣意書、弁護人松永謙三名義の控訴趣意書二通(被告人菊地光雄、同新巻善夫、同栃沢菊千代、同金元柱に対するものと被告人宮沢子之吉に対するもの)、弁護人竹沢哲夫、同青柳盛雄、同関原勇、同柴田睦夫共同作成名義の控訴趣意書(被告人菊地光雄、同新巻善夫、同長谷川進、同栃沢菊千代、同横関勝男、同細岡輝夫、同金元柱、同金政吉に関するもの)、弁護人竹沢哲夫、同関原勇共同作成名義の控訴趣意書二通(被告人宮沢子之吉に関するものと被告人藤原成之に関するもの)、弁護人竹沢哲夫名義の控訴趣意書(被告人金福同に関するもの)、弁護人大貫大八作成名義の控訴趣意書(被告人藤原成之に関するもの)にそれぞれ記載のとおりであるので、ここにこれらを引用し、以下これらに対し当裁判所の判断を示すこととする。

被告人菊地、同新巻、同細岡の各論旨中原判示第六事実(前同事件但し、被告人細岡については分離単独言渡判決の第三事実)の各事実誤認等を主張する部分について、

被告人菊地は、原審公判廷において原判示被告人菊地等の所持した火薬は、暴力革命のための闘争に使用する目的ではなく、単に蜜蜂を取るための発煙筒類似の煙火蜂醉弾作成の目的で川西町檜沢女鹿子地内の松林中の旧陸軍火薬庫跡に終戦後何らの管理設備なく放置されていたものを採取して来て、これを保存するために原判示のように地中に埋めておいたものに過ぎないから罪となるべき筈のものでないと主張し、被告人新巻は、所論においてこの火薬は右菊地同様蜂の巣をとるために使用する目的で前記場所に立札も柵もなく管理されずに置いてあつたもので、これを採ろうと欲する人は何人でも容易に取り得る状態にあつて、これを取つて来たに過ぎないものであり現に多くの人々がこれを採取利用して蜂の巣をとつているものである旨強調し、被告人細岡は、自分は被告人菊地等より依頼されて火薬類であることも、その使用目的も全然何も知らないで預つたに過ぎないと弁疎するのである。よつて按ずるに、原判決挙示の証拠(この証拠中各検察官に対する供述調書がいずれも証拠能力を有することは前同様既に説明したとおり明らかである。)によれば、被告人細岡の知情の点を含めて原判示第六の(一)(二)(被告人細岡については前記第三事実)の各犯罪事実を肯認するに十分である。そして火薬類取締法第二十一条に違反し同法第五十九条第二号に該当するものとして処罰を免れない行為は、火薬類を法定の除外理由なく所持することであり、その所持とは自己の実力支配内に置くことであり、本件証拠上被告人等は、前記場所より原判示火薬を採つて来て原判示のように自己の畑や甘藷貯蔵穴にうめて保管したものであるから、正にこの所持に該当する行為をしたものである。そしてその所持の目的如何は右法条違反の罪の成立に必要な構成要件ではない訳であるから、それが原判決理由末尾において説示しているように暴力革命のための闘争に使用する目的であつたか、或は被告人等の抗争するように単なる蜂の巣採取のために使用する目的であつたかは本罪の成否には少しも関係のない事柄であり唯々犯情としてその量刑を考える上に参酌さるべき事項であるに過ぎない。この点については原判決挙示の証拠によれば、原判示のような目的が存したことが明らかであるが、この目的については原判決は罪となるべき事実として認定判示したものでないし、又更に所論のような目的をも有していたと認めても以上に述べたとおり刑責に影響するところのない事柄である。又これらの火薬の所在場所が被告人等の弁疎するように、山林中の荒廃した旧陸軍火薬庫跡に何等管理中であることの標示もなく放置され何人にも容易に採取し得べき状態にあつて現に近隣の住民においてこれを採取し蜂の巣取りの用に供していたことも存する事実は、被告人側の立証によつてこれを肯認するに十分であり、このような管理を厳重にしなければならない物件を、このような状態に置くことは当局者の怠慢であり甚だ遺憾とするところであるけれども、これらの事実から直ちに自己の所有に属しないこれらの物件を何人も自由に採取し所持することが法律上許容されるものと解し得ないこと勿論であつて、被告人等も亦法律の定むる手続を経由しないで法律の定むる理由ある場合でなくこれを所持する以上その刑責を免れないものである。しかしながら、これらの事情は、犯情として被告人等の利益に参酌しなければならない情状であることは言うまでもないところである。そして記録を精査検討し、これに現われた諸般の証拠に当裁判所において事実の取調としてした証拠調の結果に徴しても原判示犯罪事実の認定に何らの過誤なく、又所論のような違法の廉あることを発見できないのであるから、各論旨もこれを採用するに由なく理由のないものである。

弁護人大貫大八の論旨、弁護人関原勇、同竹沢哲夫の被告人藤原に関する論旨第一点について、

刑事訴訟法第二百五十六条第三項の要求する訴因の明示方法は、日時場所及び方法等を必ず明らかにして罪となるべき事実を特定するというのではなく、それらすべてが明らかになつていることは望ましいことではあるが、止むを得ない場合にはそのうちに欠けるところがあつても、この訴因を他と区別しその同一性を認識し得る程度に記載してあればそれをもつて足り、これを特定を欠くものということはできない。何となれば日時、場所、方法の如きは訴因の特定のために必要な事項ではあるが、訴因そのものを構成する要素には属しないからである。そして訴因とは、特定の犯罪の構成要件に該当する具体的事実であり、教唆犯や従犯の如きも犯罪構成要件の修正乃至は拡張の形態として訴因たる事実に含まれるものと解するのが相当と思料されるのであるが、例えば、破壊活動防止法第三十八条の罪のように教唆行為自体が特別の独立した犯罪の構成要件に属するものとして規定されている場合は暫く措き、本件被告人藤原に関する場合のように通常の犯罪の教唆犯においては、正犯の犯罪行為実行を条件として刑責を負うに過ぎないものであり、この場合には原判決が説明しているようにその時効とか管轄の問題についてはすべて正犯に従うことになつている点からも窺えるように教唆犯についてその教唆の行われた日時場所の明確なことが必ずしも不可欠の重要な事柄ではないのであるから、ただ教唆の日時場所方法等において明確を欠くところがあつてもその犯罪全体としての訴因が他と区別して同一性を認識し得る程度に明示されておれば、それをもつて刑事訴訟法第二百五十六条第三項の要求するところは充たされているものと解しなければならない。被告人藤原に対する起訴状(昭和二十九年(う)第一七九〇号事件)において、(一)の岩瀬孝に対する傷害教唆の点について「……昭和二十七年四月頃より五月二十二日頃までの間数回に亘り右金田村で前記金田細胞員菊地光雄等数名をして共同して前記岩瀬を殴打せしめる意図の下に右菊地に対し……」と掲記し(二)の荒井助に対する暴力行為等処罰に関する法律違反教唆の点について「……同年五月十九日頃より七月二十二日頃迄の間数回に亘り前記金田村で前記菊地光雄等数名をして共同して前記荒井助方住宅に投石せしめる意図の下に右菊地に対し……」と掲記していることは所論の指摘するとおりであるが、右起訴状において本犯である右菊地等の二個の犯罪行為については具体的に日時場所方法等により罪となるべき事実が特定されているのみならず、本件において右(一)(二)の各犯罪別にそれぞれ数個の教唆犯が成立するという起訴ではなく数回に亘つてなされた被告人藤原の被告人菊地に対する言動がそれぞれ(一)(二)の各一個の教唆の罪の訴因を包括的に構成するとしての起訴であることが明らかであるから、このような場合その被告人藤原の一々の言動について日時場所方法等をそれぞれ具体的に明示しなければ右法条の要求するところに違反するものと解することは前に述べたところに照し到底認容することができない。すなわち本件起訴にかかる(一)(二)の犯罪の教唆行為の訴因の特定方法としてはこの程度の記載をもつても妨げなく所論のように刑事訴訟法第二百五十六条第三項乃至憲法第三十一条に違反するものとは認められない。

又原判決(昭和二十九年(う)第一七九〇号事件)は、判示第一事実において被告人藤原の被告人菊地に対する教唆の判示として「再三再四」と記載しその時期を明確にしてその一々について具体的に判示していないことは洵に所論のとおりであるけれども、これ又前記起訴状記載の訴因に関し述べたところと同一理由によつて被告人藤原の教唆行為について刑事訴訟法第三百三十五条第一項の要求する罪となるべき事実の判示としてはこれをもつて足り、同法条に違反したり、憲法第三十一条に違反する違法はないものと認めざるを得ない。それ故各論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

被告人新巻善夫の控訴趣意

判決の理由に、私と菊地光雄が共謀の上昭和二十七年六月中旬頃栃木県那須郡金田村大字小滝所在の菊地所有の葡萄畑中に爆発の用途に供せられる、トリニトロトルエン約一貫九百匁を隠匿所持しとありますがこれは事実と全くちがいます。

私と、菊地、吉際、宮沢は共謀の上昭和二十七年七月中旬頃栃木県那須郡川西町大字檜木沢字女鹿子地内松林中の旧陸軍火薬庫から、トリニトロトルエン約四貫匁を分散隠匿することとしてありますが、これも事実と全くちがいます。

菊地の所有して居た火薬は蜂の巣を取る為の火薬であり、何等暴力行為に使用する物ではありません。

栃木県那須北部地方では、土蜂の巣を食用に供する為採取して居ます。副業の少いこの地方の職業としては収入のある仕事で、一日五百円から八百円ほどになります。

この蜂を取るには煙火蜂醉弾なる物を使つて取ります。これは、火薬を使つてありその煙で蜂を醉わせその間に取るのです。この火薬に使用する為トリニトロトルエンを持つて居たのであります。

川西町檜木沢字女鹿子地内の火薬は終戦後よりそのままの形で立札も無ければ、柵もありませんし、誰れでも自由に入り、その中で作業まで行つて居ます。又この火薬は多くの人が持つて来て利用して居ます。蜂の巣取りやたきつけに近所の人は皆利用して居ます。この火薬を私達が蜂の巣取りの為に所持して居た事に対し、判決理由には煙火蜂醉弾作成の目的に止まらず暴力斗争に使用する為その準備として所持隠匿したのであるとありますが、これは全く総て事実無根であり、誤認であります。

又私達が金田地内金丸原でこの火薬の実験を行つたと証拠にありますが、これはこの火薬を暴力行為に結びつけ様として居る検事の悪質な隠謀であります。又証拠中当時の青年の集まりを、暴力団の様に調書の上でとり上げ火薬と結びつけて居ます。

(その他の控訴趣意は省略する。)

大貫弁護人の控訴趣意

第一点原判決が公訴事実の特定しない不適法なる起訴に基き審理を為し有罪の判決を為したるは違法であると思料する本件起訴状によれば被告人は「……昭和二十七年四月頃より五月二十二日頃迄の間数回に亘り右金田村で……」菊地光雄に対し岩瀬孝に暴力する旨教唆したと言うのであつて何時何処でどの様な事を言つて右菊地光雄に犯行の決意を為さしめたか明確でない刑事訴訟法第二百五十六条によれば公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならないと定めその訴因を明示する方法としてできる限り日時場所等を特定することを要求しておる勿論犯罪の日時場所等は犯罪の構成要件ではないが少くとも他の犯罪事実と区別する為めには重要なる資料であると言わなければならない従つて右法条に於いて訴因を明示し犯罪事実を特定する方法として犯罪の日時場所等を記載する旨を例示的に規定した所以であると思料する。

原判決はその理由中に於いて『……その特定の方法につき刑事訴訟法第二百五十六条は「できる限り」と規定し日時場所の記載を必須条件とせず罪となるべき事実が特定すると認められる限りは教唆の方法のみを以て公訴事実を記載することも不適法とするものではない』と説明し犯罪事実として所謂「教唆の方法」として例えば第一に「金田村役場の岩瀬という男は元職業軍人で何でも警察に話してしまう、とても悪い野郎だあの野郎をやつつけてやればそんなこともしなくなるからやつつけてしまえよ」「岩瀬は悪い奴なんだから早くやつつけろぶん殴つちまうんだな吉際等にも話してみろ」と判示し罪となるべき事実を特定したと言うのである然し右の判示だけでは果して被告人の所為であるか否か明らかでない即ち本件記録上明白な様に被告人は右の如きことを菊地光雄に対し述べたことを全く否認しているのであり従つて何時何処でその様な言行が為されたかと言うことは本件公訴事実の特定に絶対必要条件となるのである若し原判決の如き論理が許容されるとすれば犯罪の場所等も単に「日本国内に於いて」と記載することも許されることになり又犯罪の日時なども単に昭和何年と記載するか或は全然年月を記載せず数回に亘り等と記載しても良いことになり斯くては公訴事実は極めて不明確のままに処罰することも出来ることになり人権を尊重する憲法の精神にも悖ることになるのであろう特に原判決第一の犯罪事実の認定の如く「再三再四」と言うが如く犯行の日時を全然無視する様な態度は連続犯を廃止した現行刑法のたて前上許さるべきものではない、更に右判示第一の犯罪事実に付いては教唆の内容として前掲の如く二つの事実を判示しておるが菊地光雄は果して右何れの言に基ずいて何時犯行を決意したのか全く不明確であつて斯くは到底被告人の教唆犯を特定することにはならんのである然かも原判決は「……集合して一つの教唆行為と認められるに至る箇々の行為が長期間に亘りなされている場合にはその一々の行為の日時場所は勿論その始期終期が明確でない場合であつてもこれら一連の行為により正犯が犯行を決意し実行したと認められる場合が少くなくかかる場合教唆行為となる一連の行為の各々の方法内容を記載したのみであるからといつて罪となるべき事実が特定していないとはなしえないと解するから弁護人の主張は理由がないと認める」と判示しておるが本件の具体的場合に被告人の如何なる一連の行為により菊地光雄等が犯行を決意するに至つたかは前記の如く全く不明確であつて然らば原判決は単に抽象的な論理を展開するのみであつて決して起訴が犯罪事実を特定したものと言うことが出来ない之を要するに本件の公訴事実は不特定であつて起訴の無効を来たすべきものであるにも拘わらず原判決が前記の如く有効として然かも被告人に対し有罪の判断をなしたるは法律の解釈と適用を誤まる違法甚だしきものであつて破毀せらるべきものと思料する。

関原、竹沢両弁護人連名の控訴趣意

第一点一、原判決は判示第一の事実として被告人が菊地光雄に対し再三再四-申しむけて殴打を教唆しと認定しているが、この当該部分の起訴状によると、「昭和二十七年四月ごろより七月二十日ごろ迄の間に数回に亘り」となつている。本件は教唆犯であるが、教唆行為というのが「犯罪事実」である以上は右教唆の具体的内容は刑事訴訟法第二百五十六条第三項にいわゆる公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないという要請にこたえねばならない。訴因を特定するには一には裁判を請求する原告官がその争点を明確化するためであり、他方被告人をして右訴因の具体化によつて防禦権の行使を全うするという意味をも兼有しているのである。

原判決は右刑事訴訟法の要請は「できる限り」とあるから、日時、場所の記載を必須条件としないと述べているが、前述した通り教唆犯においては教唆行為そのものが犯罪事実であるから、刑事訴訟法第三三五条の「罪となるべき事実」であつて明確化しなければならない。原判決は従つて本件公訴を適法とした点につき刑事訴訟法第二五六条に違背する違法があり、右は憲法第三一条に違反する。

二、仮に公訴提起に右の如き欠陥なしとするも、原判決判示事実の記載は全く起訴状以下である。何故ならば、「菊地光雄に対し再三再四」という記載では、刑事訴訟法第三三五条に言う「罪となるべき事実」は全然特定されていない。即ち原判決の如き認定ならば始期も後期も、日時も場所も全然特定し得ないのであつて不法であると言わざるを得ない。よつて原判決は判決に及ぼすべき法令違背があり、憲法第三一条に違反する違法があるから、破棄されなければならない。

(その他の控訴趣意は省略する)

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